case 2 藤原さつきの場合
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放課後。誰もいない教室であたしひとりだけ。
クラスの友達も塾なり部活なりと教室をとうに出ている。もちろん、遠藤も。
だけど、あたしは教室を出て行こうという気にならなかった。
一人だけ教室に残って自分の席に座り後ろへと体重をかけ、ぼーっと天井を見上げる。
さっきからずっとあたしの中をグルグルしている「だって関係ないだろ。他人が何をしようと――」の言葉。
普通、クラスメイトが援交をしている場面に見かけたら、そのクラスメイトに対する目だっけ変わるはず。それなのに遠藤はいつものままだった。
それどころか関係ないよって言って、あたしが援交していた事に関して明らかに無関心。
遠藤が特に何もしないということは、あたしにとってはとてもラッキーなことだったけどさっぱり分からない。
確かにあたしと遠藤は恋人とか親しい友達という関係ではないのだから、あたしが援交していたとしても彼にとって関係の無い事なのだろう。
そんなことは分かっている。分かっているつもり。あたし自身だって遠藤のことは単なるクラスの中での友達としか認識していなかったし今もそうだ。
なのに――ムシャクシャする。
嫌な気持ち。ほんとーに嫌な気持ちだ。
こういうときは何かを考えるなんてことはせずに繁華街に足を運ぶに限る。
繁華街に行けば、自分の思考とは別に時間はあっという間に流れてくれるし、それに運がよければ色ボケしたおじさんたちから『お小遣い』をもらえるかもしれないのだから。
学校から歩いて約十分、駅に到着。
そこから上りに二駅進むとあたしが主に利用している繁華街にたどり着く。
煌びやかなネオンと生ぬるい空気。
駅から出て中心へと進んでいくと『一週間前からホスト始めました』って言う感じの明らかに慣れてないちゃらちゃらした男が話しかけてくる。
声をかけるなら制服を見て判断してほしい。
確かに高校からホスト遊びにはまる子がいるって話は聞いたことあるけど、それが全てってわけじゃないっていうの。
あたしはそういう勘違いした連中を尻目に夜の繁華街の中に身を寄せる。
見渡すと同じ年くらいの高校生グループがあたしの隣を横切っていった。
横目で見てみると彼女らは歩きながらだけど、茶髪と赤毛の男にナンパされていた。
まぁ、あたしは見ているだけで受けるか受けないかは彼女ら次第。
ああ、本当だ。
他人が何していようと関係ない。
彼女らが男たちに着いて行ったり行かなかったりしようと関係ない。
今は見知らぬ高校生だったけど、それがクラスメイトや中学の同級生だった子だとしてもあたしの気持ちは変わらない。
だって、あたしは関係ないんだから。
他人と他人が複雑に絡み合うこの街であたしは何を求めているんだろう。
あたしは明確な答えが見つからないまま、ぷらぷらと繁華街の闇に消えていった。
それからの毎日は何事も無く進んでいった。
いつものように学校に行き、優等生の仮面をかぶって日々を過ごす。
そして、夜になると毎日ではないとしても援交をした。
そんな日々。
つまらなくとも言い切れない微妙な時間。
あたしはただ流されるように毎日を過ごしていた。
遠藤と話してからの自分は変だと思う。
前までは疑問に思ってなかった今までの生活に疑問を持ち始めている。
今だってそう。
休み時間は溜息と一緒に過ごしているし、ぼんやりと過ごしている時間が多くなってきていた。
「……んちょー」
こんな風におかしくなったのは遠藤と話してからだろうか。よく分かんない。
わけの分かんないこういう問題にも数学みたいな方程式があってくれたほうが嬉しい。だって、悩む必要がなくなるし。
ま、こんなこと言っていたら、世の中の悩み相談室もマニュアル化されちゃうし、心理学も成り立たなくなりそうだけど。
「……しもーし」
自分と他人は関係ない……か。
言いたいことはなんとなく分かるからいいんだけど、ああもきっぱり言われるとちょっと胸につかえるというかなんというか。
こういうのは『割り切れない』っていうのかなぁ。日本語の使い方は難しいから微妙。
それはともかくとして、もう一度遠藤と話をしてみたい。悩んでばかりいるのも性に合わないし、それに……。
「ねぇ、委員長ったらっ!」
「えっ! な、何?」
シャーペンの後ろのほうを噛みながら考え事をしていたら、急に声をかけられた。
いきなり話しかけられるとビックリするからやめてほしい。
……まぁ、考え事に夢中になっていた自分の台詞じゃないけど。
「何? じゃないよ。はい、さっき借りていた化学のノート」
「ああ、うん。お礼はマックでいいから」
「えー、お金取るの」
「ジョーダンだよ」
手をひらひらさせながら軽い笑顔で貸していたノートを受け取る。
そんでもってまた思考の海へと潜ろうとするとその友達が声をかけてきた。
「さつきぃ……最近変だよ?」
「そ、そーかなぁ?」
うわっ、声裏返った。
「休み時間はいつも考え事をしているようだし、昼休みだって同じ。ていうか、授業中もそうだよ。さっきの数学の授業だってぼーっとしていたから先生に急に指されてあたふたするんだよ」
「あははー……それ、言われると痛いね」
「も一つ気になっているといえば、委員長ってばここんとこ遠藤ばかり見てるよね」
「えっ、嘘っ!?」
彼女の言葉は青天の霹靂だった。
それは彼のことを考えていたから少しくらいは見ていたかもしれないけど、そんな露骨に彼を見ていないと自分では思っていた。
でも外から見れば全然違うみたい。
ホント、自分のことって分かりづらいから、嫌。
「あたし、そんなに露骨に彼のことばかり見てた?」
おそるおそるだけど、聞いてみる。
もし彼女から見ても露骨だったら、遠藤にもあたしが彼を見ていたことが分かってしまう。
それだけは勘弁してほしい。けど、微妙。
「ううん。露骨って言うかはチラ見ってやつかな。ただその回数がチョー多いだけ」
「そ、そーなんだぁ……」
それを聞いて少し安心した。
じっと見続けているよりも、チラ見だったらばれてない可能性は高い。
「でも、あんなにも見ていたら遠藤も気づいているかもしれないね」
一瞬で奈落に突き落とされた。問答無用に崖下に落とすみたいに、辿ってきた蜘蛛の糸をぷちっと切られたみたいに。
表現は様々だけどそんな感じ。
あーもう、チョーやばいんですけど。それって。
「まぁ、見られてたらそん時はそん時、覚悟を決めて告白するんだね」
「……なっ、何でそんな展開になんのよっ!」
「へっ、遠藤のことが好きだから毎日毎日ちらちらと見てたんじゃないの?」
「違うわよ」
「んじゃ、何で?」
「そ、それは……」
言えるわけが無い。遠藤に援交している場面を見られ、口外にしないように頼んだときの遠藤と話したことが気になっているなんて。
そんなことを笑いながらいえるとしたらその人は頭のネジが二、三本どっかに飛んでいってしまっているに違いない。
「ひ、秘密で」
としか言えない。
それ以上言えるか。
「ふーん、まぁ、応援ならしてあげるよ」
「あ、ありがとう」
お腹の奥から何とか出したお礼の言葉を彼女におくる。
お礼の言葉を受け取ったからか、彼女はそこそこ上機嫌で席へと戻っていった。
彼女を誤魔化したはいいけどなんとなくやばいのは分かる。
傍目から見てもあたしが遠藤のことを意識しているのがばればれのようだ。
はぁ。
愚痴とかそんなんじゃなくて、もう溜息しか出ない。
なんかムシャクシャする。
今日も街に出て、親父でも引っ掛けよっかな。
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