case 1 坂下宮古の場合
2
学校帰り――。
私は隆行に連れられてとある場所にたどり着く。
その場所は繁華街の通りから一本裏に入った薄暗くて緊張する。
それでも何かの期待が持てる、私にとっては不思議でえっちな場所。
「えっと……」
言葉が詰まる、私。それは多分彼も同じこと。
何もかもが突然すぎて、大混乱中。頭の中がぼーぼーしていてまともに何も考えられない。
周りを見回してみるけど、照明の薄暗さがこれからを期待させ、さらに落ち着きを私の中からあっちポイさせてゆく。
「ど、どうしたの? こんな所に連れてきて……」
こんな所。そんな風に言ってみたけど、やっぱ落ち着かない。
確かに彼にこの場所に連れてこられることは私の願いだったけど、ここまで突然だと思考回路はショートしてしまう。
「宮古」
「な、何?」
背中を向けながら、隆行は私の名前を呼ぶ。
その声は今までの彼からは想像できない、恥ずかしさと何かが混ざった声。
私が一生懸命ドギマギを隠そうとしていると、彼は私のほうを振り向く。
一歩二歩と近づき――私をぎゅっと抱きしめる。
……ええ〜〜〜っ!?
えっと、今までこんな事してくれなかったし、触れるとしても唐突に突然で抱きしめるなんて。こんな直接的なことをしてくれなかった隆行が私を抱きしめている。
これは夢? 幻? それとも錯覚?
でも、そんな些細なことはどうでもいいか。
今、彼が私を抱きしめていてくれるということのほうが大切。
私の耳元に彼の口がそっと寄る。そして、一言。
「宮古……好きだ」
今までで最高に感じる言葉だった。
「えっとぅ……隆ゆ――っ!」
私が疑問を思い浮かべる――その前に彼に唇を塞がれた。
抱きしめられキスされて、とろとろに溶けてゆく私の心と体。
クチュクチュとなる唇と唇。
久しぶりの彼とのキスは、体温と感触が同時に感じることができて凄くやばかった。
口の中で蠢く彼の舌は私の口内をいやらしく、そして優しく愛撫してくる。
歯を、歯茎を焦らすように舐め、舌を絡めさせる。
時には激しく、時にはやさしく吸い付いて私の体の芯を喜ばせる。
「――ぷはぁ。どうしたの、急に」
「どうしようもないんだ。もう、俺、我慢できない」
長いようで短い久しぶりのキスを味わった後、彼はそう言ってまた私を抱きしめる。
そして、私は彼にベッドへと押し倒された。
「隆……行?」
背中にふかっとした感触を感じ、そして同じく彼の重みを体全体でかみしめる。
上にのった彼の重さはあまりにも心地よくて、私を夢心地にさせる。
ああ、彼に抱かれる幸せ。体温を肌で感じられる嬉しさ。
全てが今ここに凝縮されている。それを幸せといわずになんと言うだろう。
「宮古……良いよな?」
彼の言葉に私は言葉でなく頷きで答える。
ぷちぷちと音を立てて、ボタンが一つ二つと外されてゆく。
来ていた制服が少しずつ脱がされる。
スカートのホックが外され、チャックが下に下ろされる。するすると彼の眼前に広がる私のインナー。ピンクの上下。
下腹部を隠すインナーの股部分が濡れる。染みてゆく。
それはこれから起こる期待の証。
「あぁ……」
声が体の奥底から漏れてくる――シビレルカラダ。
彼の手が私の体を触れる――ドキドキがトマラナイ。
ブラの紐部分に指が掛かり少しずらされる――ホテル、ココロ。
背中をそっと浮かせると、隙間に彼の腕が入り込みブラのホックが外れる。
ゆっくりと、本当にゆっくりとした動きでブラが私の胸から離れてゆく。
ホテルの薄暗い光の中、私の胸が彼の前に照らし出される。
彼は私の胸を右手でやさしく触れる。
そして、もう一つの空いた左手は下へとスライドされ私のショーツを――
「――って、話聞いてる宮古?」
突然、現実世界に戻された。
頭の中で放映されていたラブ系の無修正AVは友達の一声により、一瞬で電源オフ。
手に持っている箒が今の時間が、掃除の時間なんだと嫌でも分からせる。
あー、いい所だったのに。
「ふぇ。あー、えっと何の話だっけ?」
「いい加減に目を覚ましなさいよ、って話」
「目を覚ますって、一体全体何から?」
「だからー、町田よ、町田。あいつのどこがいいって言うのよ、単なるオタクじゃない」
「そーだよ、坂下ならもっと他に良い男がいるって。例えば、オレとか」
「あんたは顔と相談しなおしなさい」
「うっさいなー、お前に言っているわけじゃねーよ」
周りには私を含めて男女六人。まぁ、単なる掃除グループだけど。
それでも普通に掃除をしているわけでもなく、こんな風にだべっているわけなのだが、どうやら今回の話題は私の彼――隆行のことらしい。
むぅ、それでも自分の彼氏を馬鹿にされて腹が立たない彼女はいない。
もちろん私のその中の一人。
「えー、だって今まで出会ったことのないタイプだし、話していて凄く楽しいんだもん。あとー、隆行はオタクじゃなくてマニアだよ。それに彼と一緒にいるとハズしがないの。マンガにゲーム、アニメ、映画、小説、あと色んなもの全部、とにかく彼と一緒にいると全部が楽しいし、全部が新鮮。話をしても何でも知ってるし、かっこいいじゃん」
「……オタクとマニアの違いは、何度宮古に聞いてもよー分からん」
「いいよ、分かんなくても。彼の魅力が分かっちゃったら困るもん」
「はぁ〜」
「宮古、完全に洗脳されてるよ」
友達の一人が私のポケットに手を突っ込み、携帯電話を取り出す。
ぶら下がったストラップを見つめ一言。
「こんなよくわかんないアニメのストラップつけてるなんて……あんたもオタク度上がってるよ、確実に」
「ああーっ、返してよぅー、私の八戒ー!」
ピンと指で弾かれ揺れる猪八戒。
そんなことする彼女から一瞬で携帯を奪い取り、ストラップをみる。
良かったぁー、傷はついてない。
「あのなぁ。んなこと言ってて町田とエッチまでいってもしらねーぞ。そうしたら、オタクの子供を身ごもるんだぞー!」
「おいおい」
モップで床を拭いていた男子がそんな軽口を私に言う。
多分、冗談交じりなんだと思うけど、たった一つの単語が私の思考回路をショートさせた。
その結果、私の顔はゆでだこのように真っ赤になる。
「あ、えと、その、んと。水。私、水かえてくるね」
「……」
どうも上手な機転が思いつかなくて、私はバケツの水を取り替えるという名目を無理やり見つけ不自然にその場所から逃げ出す。
逃げ出す私の後姿を友達にはどう見えたのだろう。
その答えは後ろから聞こえてくる友達の声が教えてくれた。
「えっ……あの反応って、まさかっ!?」
「宮古〜〜〜」
「すでに町田とヤり済み!?」
とか、何とか。
なんとも分かりやすい友達の反応であったが、そんな反応も今の私には関係ない。
ただ一点。一つの事象。
彼に、隆行に――抱かれたい。
「えっ」
いつもの放課後。
私は不安が混じった表情と共に、今の自分の思いを隆行に打ち明けた。
好きになった人に抱かれたい、その素直で一番大切な思いを。
「……」
黙る、彼。
私は彼の言葉を待った。
「まだダメだよ」
「まだって――どうして、私に魅力が無いから? それとも別の理由?」
理由とかそんなの無しに目尻が潤む。
好きだと思っていたのは自分だけなのか、と変な疑いで頭の中が渋滞してゆく。
魅力が無いなんて言わせない。言わせたくない。
でも悲愴とも呼べる私の覚悟、叫びなんて関係なく彼は振り向かずにいつも口調で私に語りかける。
「いや、宮古はカワイイよ。ちょーカワイイ、ちょー好き」
「じゃあ、何で私を抱いてくれないの!? 好き……本当に好きだったらそう思うでしょ!?」
好きだから触れ合いたい、好きだからこそ触れ合っていたい。ずっと私はそう思っていた。
それなのに隆行はその考えとは正反対。
気まぐれに私にさわり、それだけ。それだけなのだ。
「分かんないっ、分かんないよ、隆行っ! もしかして、おすぎやピーコ系だったりするのーっ!!」
「はは。宮古、少女漫画の読み過ぎだって」
「だったら、何で――」
のらりくらりと私の問いかけと言うか詰問をかわしてゆく、彼。
あまりにもいつも通りで、私だけが熱くなっていて、なんだかばかばかしく思えてくる感もあったけど、それでも私にとってこの問題は引き下がれないものだ。
私はこんなにも彼に抱かれたいと思っているのに、彼は――どうなのか。
嫌な考えがどんどん私を通り過ぎてく。
彼のことが本当に好きだから、それだから思ってしまう、嫌なこと。
「だったら、私が人間だから? 私がゲームやアニメの二次元のキャラじゃなくて三次元の生身の人間だから? 生身の女の子が怖いの?」
心の中で少しわいた疑問が、二乗に二乗を重ねてどんどん大きくなる。
最初はホントに小さなものだったのに、私の苛立ちと焦りが必要以上の大きさになり、言葉にまでなっていった。
だから、自分の沸点なんて判らなくて、もちろん彼に向かってなんてことを言っているかも気づかなかった。
「いつもよく分かんない理論武装ばっかして、この意気地無しっ! こ、このオタクヤローっ!!」
思いっきり、全力で叫ぶ。
私の悩みの一つくらいは分かって欲しいから私は叫んだ。
ぴくっと彼の肩が動く。
私の言葉で何らかの反応を見せてくれた。
だけど次の瞬間に見た隆行の顔は、今までの彼の顔じゃなくて初めて見る顔。
「本気でそう思っているのか?」
「えっ?」
真面目な顔。
いや、真面目というよりかは怖い顔。
まるで何かに怒っているような感じで私を見つめる。
「……はぁ、宮古は分かってくれていると思っていたんだけどな」
「えっ。そ、そんなこと言ったって分かんないよっ! 隆行の考えていること、全然分かんないよっ!!」
彼が溜息を吐く。
悩んで吐いたというよりかは、呆れたという感じの溜息。
「宮古……いや、お前。――もう、いいよ」
「えっ――」
――もう、いいよ。
なにそれ。
それって、もしかして――
彼の言葉の意図をおぼろげながら掴めてしまった私は、その場にへたるように座り込む。
真っ暗になる目の前。
「じゃあな」
でも、彼はそんな私に手を差し伸べるわけもなく、歩き去ってゆく。
一歩一歩、遠くなってゆく彼の背中。
この現実に目の前が涙で霞む。
うそ……やだ……。
私、隆行に――捨てられた。
さっきのことが嘘だと思いつつ、私は家路に着いた。
そして家に帰ると、もう何もしたくなくてベッドの上に倒れこむ。
だけど、現実はそう簡単に終わってくれなかった。
届いた一通のメール。
送ってきたのは、隆行。
仲直りのメールかな、と小躍りして開いてみると喜びは急落下してゆく。
それは送られてきたメールの内容。
『貸してた物は宅急便で送ってください。では』
彼らしく簡潔で判り易くて――改めてさっきの彼の言葉が本当だったんだと嫌でも知らされた。
また、涙が溢れてくる。
「うっ……く、ひっ……く、うっ……」
ただ、自分の安易さが嫌になる。
何をして良いのか分からないから、とりあえず彼から借りていたものを部屋の中央にまとめてみた。
いざ、集めてみるとその量に驚く。
本は数十冊。映画やアニメのビデオ、DVDも凄い数だった。
それだけ自分が彼に影響されていたのかと思うと、また涙が止まらない。涙だけでなく鼻からもでてくる。
ティッシュを二枚一気に取り出して鼻をかみ、そのままゴミ箱へ投げ捨てる。壁に当たり、ティッシュはゴミ箱の中に納まらず、横へところり。同じようなティッシュの固まりが二、三個並ぶ。
ゴミ箱の中と外には、さっきからかみ続けた私の涙の証が空しく鎮座しているというわけだ。
そんなことを思っているとさらに空しくなる。私は近くにあった一冊の本をとる。隆行に貸してもらった本の中でも一番のお気に入り。
ぱらぱらと本を捲る。思い出すのは彼とこの本について話した思い出。
登場してくるキャラたちが何を考えているのか分からなくて、最後の最後まで展開がハラハラドキドキ。もちろん物語のシチュエーションも最高。
ためるとこはためて、引くところは引く。この辺のところが凄く絶妙で――
「って、あれ?」
キャラが何を考えているか分からない。
展開がハラハラドキドキ。
最高のシチュエーション。
絶妙のためと引き。
「あれ?」
何か、引っかかる。
そういえば隆行の行動はいつも突然だった。だから彼が考えていることが分からなかった。
いつ隆行が触ってくるか分からなくて、ハラハラドキドキしていた。
初めてキスした時も、泣いていた私を慰めるような優しいキス。最高のシチュエーション。
私が怒ったりすると、絶妙のタイミングでフォローしてくれる。私に触るときも、快感一歩手前の絶妙なタイミングで引く。本当に絶妙なためと引き。
それってもしかして――
ガチャリとドアの開く音。
現れたのは彼――隆行。
「……宮古」
さっき、さよならを告げられたからなんか気まずい。
それでも私は隆行に言いたいことがあった。
だって、本当に彼のことが好きだから。
「あのね。私、やっと隆行のこと少し分かった気がする。過程とかを飛ばしていきなりラストまでいってもドキドキが無いよね、つまらないよね。せっかくのためも引きも無駄になっちゃうよね」
ほんの少し分かったことを言葉足らずだけど、全部言う。
全部言わなきゃ伝わらない、とっても大切なことだから。
二人の周りが静かになる。
けれど、彼の顔がみるみると緩み、あはっと笑い声。
彼の笑顔に釣られて私も笑顔になる。
「合格!」
それが私たちがまた恋人同士になった瞬間。
それから私たちはいつもと変わらない恋人生活に戻った。
映画やマンガ、ゲームの話題に花を咲かせ、時々触ってくる彼の指にドキドキしたりと。
フツーに考えればこんなのはゆがんでいると思うし、自分でもちょっとヘンタイ入っているとは思う。
――ヘンタイ入っていると思うけど、楽しみたい。
だって、こんなドキドキする想いは一生でたった一度のことなのだから。
[END]
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